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-ラピスラズリ- 十月の終わり頃のことだったと思う。 当時、私は写大に入るための受験勉強をするため、街外れにあるモダン建築の図書館に通っていた。 私は勉強が一段落ついたところでそれらを終了し、閉館までの間、ロビーで一冊の写真集を眺めていた。 それは、ある地域の風景を時間ごとに追って撮り集めたもので、写真以外にはキャプションも注釈も無く、それぞれの作品の下に小さなタイトルが添えてあるだけの、極めてシンプルな構成の写真集だった。 写真を撮影したのは、私の知らないアーティストで、アメリカ西海岸の砂浜の見える道路で有名な街の出身だった。 写真集の中の一枚を目にしたとき、あまりの美しさに私の眼はそこで留まってしまった。 オレンジ色の空に菫色の闇がうっすらと差し掛かっている光景が、まるで何かのメッセージのように思えたからである。 美しい写真とは、常に何かのメッセージを孕んでいるものだ。 それは写真が直接何かを主張してくるということではないし、だからかといって、その写真の持つ意味が、見る者によって勝手に変わってしまうというものでもない。 それはむしろ、問いかけに近い。 見る者に対して何かを問いかけているようでいて、それ自体が既に答えとういうものである。 現実としての記録だけが存在し、問いかけるという姿勢、そのものを具現化したような写真のことだ。 そういう写真は、非常に情熱的で音楽的である。 また、そういった写真を撮ることが出来るフォトグラファーは少ない。 一回限りのシャッターチャンスに、自らの人生の全てを捧げているような人間だけがそれらを撮ることが出来る。 私はそういった写真を、これまでにいくつか見てきた。 例えばそれはブレッソンやドアノーやエルスケンの写真だったりするが、それらを見る前と見た後では、確実に自分の中にある"変化"が起こっていることに気づく。 感動して涙が流れるとか、ハッピーな気分になるとか、そういうレヴェルの変化のことではない。 何かが終わって何かが始まるとき、その刹那に起こる衝撃のような決定的な変化であるが、それは、自分がこれからとても大切なことを伝えようとしているその相手と、別れた最後の瞬間に、独り決意を決めて見上げる空模様のようなことでもある。 私はその写真を見つめながら、ある女性に、自分の大切な宝物を渡そうとした時のことを思い出していた。 夏の黄昏時のことである。 その日、私は彼女にどうしても会わなければならなかった。 彼女と会うのはこれが最期だ、というような確信に近い予感があって、その思いを伝えるためには、その日でなければならなかった。 それが何処だったのかは思い出せない。 港の見える丘公園だったかもしれないし、クロスタワーのレリーフの前だったかもしれない。 高台から見渡せる夕日がとても印象的だった。 ![]() 私達はそこで再会することになっていたが、約束の時間を過ぎても彼女は現れなかった。 何度電話しても、メールを打っても一向に連絡が取れず、私はその夕日を見つめながら、これまでに経験したことのないような不安を感じていた。 それは、何かが終わっていくときの寂しさの感覚だったのだ。 諦めて帰ろうとする、まさにその時だった。 自分の手の中で、何かが強く光ったことに私は気付いた。 それは、その日彼女のために私が渡そうとして握っていた、ラピスラズリという鉱物で、二人の誕生石だったのだ。 石の中心部にたくさんの光が集まっていて、金色に輝き、まるで、溶岩の塊のようだと私は思った。 その石は、私に岐路を問いかけていたのである。 この瞬間を記録しなければならないと思い、私は心の中でシャッターを切った。 ゆっくりと眼を開けた時、目の前の空が紫色に変わっているのが分かった。 心の中でその一枚の写真は、今も私に何かを問い続けている… # by lohas-u3-812133 | 2006-11-10 12:37 | 第一話 サイコロ
-ワカメのような胴着- 地元の真言宗一派の寺院が経営する、極めてコンサバティブな高校に進学した私は、三年間ひたすら空手に打ち込むことになった。 なぜ空手をやることになったのか、それは、今となってはもうどうでもいいことなので全く覚えていないが、具体的な動機としては、体を厳つくしたい、喧嘩負けしないようにしたい、セックスの際に相手に見劣りしない体を作っておきたい、のいずれかだったと思う。 それをすることに特別な意味はなく、はっきり言って、どうでも良かったのである。 当然のように、それまでの私に空手の経験はなく、また、ブルースリーの死亡遊戯のビデオテープを擦り切れるまで見るということもなければ、 はじめの一歩を全巻読破するということもなかったし、また、息を止めて遊ぶということもなかったが、私以外の新入部員は皆、そのいずれかに象徴されるタイプだった。 入部後、部活の練習に参加しては帰って来て飯を食べて寝る、といった恐ろしく単調で平凡な日々が続いた。 しかし、私はなぜかそれを辞めることはしなかった。 むしろ、マゾヒスティックに体を痛みつけるということに快感を覚え始めていたのだ。 毎日の練習に加え、寝る前に突きを両腕五十本ずつと、拳立て、腹筋、背筋、たまにスクワットもやっていたかもしれない、それぞれ百回ずつのメニューが日課となった。 次第に胸板が厚くなり、太腿が太くなっていた。 体が確実に変化していく実感があった。 それは、何か一つのことを継続する中で得ることの出来る喜びだと思っていた。 ランナーズハイを求めて走り続けるマラソンランナーのように、私はそういった"ノルマ"を、脳内にエクスタシーとして刷り込むことに成功していたのかもしれない。 練習に明け暮れること一年、私は既に黒帯を取得していた。 週末は常に何処かの市民大会へ参加するスケジュールが組まれていて、それらの試合を消化することで、確実に実践と経験を積んでいった。 一年前に比べ、突きとフットワークのスピードが速くなり、ウェイトも十キロ近く増していた。 全てが順調に進んでいく一方で、私の心の何処かで、抑え付けられていた何かが確かに蠢めき始めていた。 夏合宿に入った頃から次第に怪我が増え、練習を休むことが多くなっていた。 門番のような顔をした医者に、十分にストレッチをしていないからだとか、成長期だから、みたいなことを言われたが、全く関係の無いことに聞こえた。 それがもっと根の深い所にある、別次元の問題なのだということに、自分でも薄々気づいていたからである。 自分の中で呻き声を上げていたそれは、私に一つの鍵を要求していたのだ。 外の世界へと飛び出すための、その前に立ち塞がっている硬くて重い扉を開けるのに必要な鍵のことだった。 その扉の鍵穴に合うそれは、この世界中にたった一つしかなく、早く探し出さないと永久に見つからないだろう、そしてそれは空手ではない、ということをいつも私に警告してきた。 ふいに襲ってくるその声が鬱陶しかった。 今更止まることなど出来なかったからだ。 どんなに不純な動機であれ、始まったものには責任が発生する。 それは、時間の流れの中で重みを増し、自分自身の存在を示す唯一の証明になってしまう。 しかし、それを受け入れるには、まだ時間が必要だという思いもあった。 形へ囚われることへの疑念と違和感が自分を苛立たせていた。 また、そういった苛立ちの全てが、言い訳という言葉に集約されていて、それらを打開するためには全てを捨てなければならない、そんな感じだった。 早く怪我を完治させなければならない、そう信じて進むしかなかった。 三年の春、我々の代は男女共に、団体組手で関東大会に出場を果たした。 試合当日、代々木体育館で関東選抜の選手が一斉に胴着を着て集まる中、私は応援席の最上階で制服を着ていた。 自分の席から選手のいるホールまでがひどく離れているような気がした。 まるで、飛んでいるヘリコプターが地上の様子を空撮しているかのような感覚だった。 試合後、着ることのなかった自分の胴着が床に広がっているのを見たとき、それが、まるで座礁して干からびたワカメのように見えた。 そのワカメのような胴着を見つめたまま、 バカだな、俺は と、私は独りでそう呟いていた… ![]() # by lohas-u3-812133 | 2006-11-10 12:30 | 第二話 ニュース
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